表札ショップ陶板アートは、ご希望の表札をサイズ合せ、取り付け方法の対応、カラーコーディネイトしてオーダーメイドで承ります。

表札の歴史について調べてみました。

  • HOME »
  • 表札の歴史について調べてみました。

表札の歴史について

思ったより表札の歴史は浅かった

新築の際や新婚生活をスタートする時、どんなデザインの表札にしようかと迷う方も多いと思います。
来訪者が最初に目にする表札は、その家に住む人の個性を端的に表す『家の顔』ともなるものといっても過言ではありません。

では、家の前に表札を掲げるのはいつごろ始まったのでしょうか。

なんと、一般家庭に表札が導入されたのは割と新しいものみたいです。

江戸時代の庶民の熊さんや八つあんはそもそも苗字を持っていなかったし、遠くの町に移転することはまず殆どなかった上に、近所はほとんど顔見知り。
表札を掲げなくても、訪れた人が「八五郎さんの家はどこでしょうか」と尋ねれば、すぐにご近所さんに教えてもらえたと思われます。

特に長屋では、入口に住人の一覧が掲げられていたそうです。
大家と店子は家族のような付き合いがあったため、表札などがなくても大家さんを窓口にして十分に交流ができたそうです。

江戸時代の町では、苗字だけの表札を武家屋敷に見かけるぐらいで、決して一般的なものではなかったという事みたいです。

表札が普及しはじめたのは明治4年に戸籍法が制定され、庶民が苗字を持つようになってからだそうです。
同じく明治4年に郵便制度が施行され、住所と名前によって郵便物が届けられるようになると、どの家にどんな身分の誰が住んでいるかの目印として、表札が使われるようになったようですね。

そして、表札が一気に広がるきっかけとなったのが、1923年(大正12年)9月1日に起こった関東大震災であるらしいです。
多くの家屋が倒壊し、同じ場所に再建できるとは限らなかったので、誰がどこに移転したのかわかるよう表札を利用しだしたということだそうです。

表札の歴史を調べたら、明治の「平民苗字許可令」が表札を使い始めるキッカケだった。

1.表札の歴史について

いま日本中で用いられている表札は、石に文字を彫り込んだもの、木に墨で書いたもの、陶磁器の板に文字を描き焼き付けたもの、ガラスや陶磁器に文字を彫り込んだり着色したもの、鉄やアルミニウムやステンレスなどの金属を切断したり曲げたり叩いたり加工して作り上げたもの、その他さまざまなバリエーションに富んでいます。

その表札が使われることになった歴史を調べてみましょう。
以下、年代と出来事、その際の資料などを添えてまとめてみることにしました。

明治以降の表札にかかわる法令
・明治3年9月19日(1870年10月13日)「平民苗字許可令」が定められ、平民に「苗字」の使用が許される。

江戸時代まで、日本において公的に苗字を使用したのは、原則として、公家及び武士などの支配階層に限られていました。
明治維新により、従来の身分制度の再編が図られ、「平民苗字許可令」が定められ、この布告では初めて「平民」の語を用いて、華族及び士族(この両者は公家・武士の家柄がほとんど。)に属さない平民に「苗字」の使用が許さることになりました。
本令では、苗字を称える(唱える)ことを義務づけ、「祖先以來苗字不分明ノ向」は新たに苗字を設けることとなったのです。

・明治4年 郵便制度が導入される。郵便物の配達時に各戸に苗字表示板(=門札 標札)の掲示の必要性が生じる。
・明治4年(1871年)に戸籍法が制定。それまで各府県ごとに行われていた戸籍作成に関する規則を全国的に統一される。
・明治8年(1875年)2月13日には平民苗字必称義務令が施行さる。

明治3年に「平民苗字許可令」が制定されましたが、当時の国民(平民)には、わざわざ苗字を使用しない者も多く、そのため、1875年(明治8年)に改めて名字の使用を義務づける「苗字必称義務令※」が出されました。

※平民苗字必称義務令
(へいみんみょうじひっしょうぎむれい、平民苗字必唱義務令)はすべての国民に苗字(名字・姓)を名乗ることを義務付けられる。

※1875年(明治8年)2月13日に平民苗字必称義務令が出されたことから、2月13日を「苗字制定記念日」という。また、明治3年9月19日(1870年10月13日)に平民苗字許可令が出されたことから、9月19日は「苗字の日」とされています。

表札、当時は表札の他に『標札』という文字もしばしば用いられていたようです。

その標札を上記の法整備とともに明治政府は近代国家形成のために普及促進させたみたいです。
また、各県の警察を通じて標札の見本・雛形を例示して普及を図りました。

以下その資料です。
各地で、標札の見本を示してまでして、表札掲示が勧奨されてたようです。

士卒農工商の身分・職業の表示も義務付けられていたようです。
現代では、個人情報保護の観点から、考えられませんが、富国強兵を目指す明治政府の国策が標札に表れているといっても過言ではないでしょう。


「…家の主人の名を書いてある表札を軒口に貼附ける事となって居て…」に関して、
明治5年~11年頃の間に布達がなされたようです。

設置が個人か行政かを問わず不揃いの個人標札が増加する中、
各府県では雛形を明示して標準化をはかる布達=当時の行政命令が発せられ、
東京府や大阪府、兵庫県その他の府県で布達を発しています。


(1)大阪府 明治5年9月
『類聚大阪府布達全書.第1編第5巻/古屋宗作編/竜雲舎[ほか]/明18-19』
「苗字表札」<386・387/401>(618~620頁)
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788319/387
<387/401>(620頁)明治五年九月甲第三百六号達


(2)山梨県 明治7年2月
身延町誌>第三節 新戸籍法と家族制度
一、旧戸籍法の沿革 (四)明治7年戸籍編製法による改製
「3、各戸に標札を掲げさせ、戸内の人員を掲示する。これは本籍寄留を問わない。」
https://www.town.minobu.lg.jp/chosei/choushi/T12_C01_S03_1.htm


(3)愛知県 明治7年6月
『愛知県布達類集. 明治4-8年/活版局/明9.5』


http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788163/352
<352~354/543>(632~635頁)第五十四號 明治七年六月


(4)東京府 明治9年12月9日ほか
東京府管内では、明治九年十二月九日に雛形を示し、
明治十年一月三十一日を期限として標札等を標出致すべし旨の布達。
『警察法鑒.明治23年/警視庁/明23-27』
「第七章 安寧/第五款 生死異動 附戸籍標札」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/790942/182
<182・183/434> (332~335頁)


〇東京府布達 明治九年十二月九日甲第百四十四號

※戸籍札更ニ一定候様別紙標札心得書相示シ候條
來明治十年一月三十一日限リ標出可致此旨布達候事※
(※~※/下記URL●から補完)

●『警察宝典:写真石版/丹羽五郎編/いろは辞典発行部/明26.6』
<328/343>(607頁)第七章 戸籍標札
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/790956/328

標札心得

第一條 宅地番號札ハ家主ニ於テ戸數點檢札ハ地主ニ於テ
戸主名札ハ居住人ニ於テ各自標出スヘシ

第四條 戸主ノ名札ハ左ノ書式ヲ用フヘキ事
但シ爵位階勳等族籍等ヲ記入スルハ隨意タルヘシ
本籍ノ者 [苗字名]
他管ヨリ寄留シテ一戸ヲナス者 [某府縣 苗字名]
他ノ郡ヨリ寓居シテ一戸ヲナス者 [何郡區 苗字名]
他ノ町村ヨリ寓居シテ一戸ヲナス者 [何町村 苗字名]
他ノ番地ヨリ寓居シテ一戸ヲナス者 [何番地 苗字名]
…但シ用材寸法適宜タリト雖トモ縦五寸橫二寸厚サ二分ヨリ小ナルヘカラス
書體楷書ヲ用フヘシ


<183/434>(335頁)
〇東京府布達 明治十年十二月二十七日乙第百號 區長戸長
人民傭入ノ外國人明許ヲ得テ居留地外エ住居爲致候者ハ左ノ書式ノ通
其家屋ニ標札相揭候様傭主ヘ無遣漏可及告示旨相達候事
[何某傭 何國人 姓名 橫文 片假名]


(5)兵庫県 明治11年4月・5月
『現行兵庫県布達便覧.上/相馬幸治編/柳影社/明15』
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788552/97
「…來ル六月三十日迄ニ戸籍番号ニ照ラシ更正可致…」

概ね明治5年~11年頃の間に同趣旨の布達がなされたようです。

「高知県、明治七年一月、戸籍事務に資するため標札を備えつけ示達」
「浜松県、明治6年4月4日布達第26号で家札(標札)を各戸に掲げる」
「金沢県、明治八年、家毎に標札」など
廃藩置県後の戸籍編製作業等との兼ね合いなどもあってか、
各府県毎に雛形の布達時期や内容の足並みは揃わなかったようですが、
概ね明治5年~11年頃の間に同趣旨の布達がなされたようです。

布告が人に対する命令・法律等であるのに対し、布達は太政官や省庁から府県とか、
府県から区長・戸長などに対する訓令の位置付けの為、罰則もない結果、
どの程度の効果があったかは定かではありませんが、
明治末期を待つまでもなく、
各府県毎の布達が標札普及に相当の効果を及ぼしたといえるでしょう。

各法令の施行により、標札の雛形を例示し、各府県で表札を掲げることが奨励されたようです。
例えば『郷土史大辞典 下/歴史学会編/朝倉書店/2005』によりますと、
…日露戦争に際して兵士を送った家でその旨を記した貼り紙を出したころから、
これにならい姓名を玄関に書き出す風習が広まったという事です。その後、1923年(大正12)の関東大震災により人口の移動や住宅の建て直しが盛んになり、表札は本格的に普及していく。

とあります。

更に追加検索を試たところ、下記のような訓令が見つかりました。
表札のサイズ、表示内容についてもかなり事細かに注意事項が書かれてるようです。

・『福岡県警察法規類典.第1巻/帝国地方行政学会編/帝国地方行政学会/昭和10』

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1444005/728

<728/1019>(1377頁)
●一般人民門戸標札 明治二十二年一月訓令保第八號
一般人民ニ於テ宅地番號氏名標札ノ門戸ニ釘付可致義ハ明治十二年四月甲第六十二號
長官御達モ有之候處間ニハ名刺ヲ貼付シ或ハ規定ノ寸法ニ違ヒタル標札ヲ掲ケ
又ハ門戸ヲ有スルモノニシテ戸口ニ釘付スル等全ク標札ノ効用ヲナサシメサル者
往往有ノ哉ニ相聞ヘ甚タ不都合ニ付能ク規定ニ從ヒ標札ノ効用ヲ失ハシメサル様
執行注意セラルヘシ

上記の「明治十二年四月甲第六十二號長官御達」が何処の省庁・官職を指すのか
確認未了ではありますが、明治22年当時、名刺貼付・規定外表札・門戸不掲示(戸口掲示)に
対する注意喚起は有るものの、表札自体の不掲示には言及されていないところをみれば、
少なくとも福岡県では相当程度に表札が普及していたと考えられます。

また、上野毛村では表札27戸分等を纏めて注文なんて事例もありますから、
徴兵・納税などに対する反発を理由に不掲示の例外も考えられますが、
お上のお達しである以上、多くの庶民は隣近所に合わせるのが普通だったと思います。
(都合の良い解釈との御指摘を受けるかもしれませんが…)

下記は前投稿と同様です。
・『山口県警察規程.上/山口県警察部/明29.12』
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/791261/147
<147/698>(270・271頁)
〇甲第二十號(明治十二年一月二十日本縣布達)
〇乙第二十四號(明治十二年一月二十日本縣達)

以上、これらの資料を読めば読むほど、明治の中ごろにはたいていの庶民の住宅に表札(標札)があったと想像できる。
お上のお達しである以上、その書式に従って、多くの庶民は隣近所に合わせるのが普通だったと想像できる。

また、以下の資料では、陶器製表札の勧めの広告が明治27年に出されている。
陶器製の表札こそが木製の表札に比べて優れている事を宣伝するための広告も現ている。
木の表札に比べて色落ち、劣化しない特性を強調しているのである。

東京府関連では、
明治10年時点で『懐中日用便』に布達(※後述)に基づく標札書式(東京府)が掲載され、
明治20年代には特許取得の陶製表札の販売、大正4年のハウツー本では
現今盛んに使用される様になった物の一つに標札が並ぶ状況。

・『懐中日用便/青木輔清編/青木輔清/明10.1』

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/897460/16
<16/48>「標札書式 但し東京府」


・『明治事物起原/石井研堂著/橋南堂/1908』
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/898142/240


<240/297>(426頁)「陶製表札の始」


・『古今名誉鑑:徳育智育.第1巻/山田栄造著/玄堂/明27.3』
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/777885/35
<35~39/42>(48~56頁)

 

陶器の表札が余りにも画期的で実用的で高付加価値だと評価したのでしょうか。
陶器製表札を販売するにあたって歩合制で外交員の営業販売が莫大な儲けとなる。
といったことが、以下に書かかれています。

・『小資本成功法:最大有利商品製造販売/東京実業研究会編/大成社/大正4.4』

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/911408/34
<34/68>(56頁1~2行目)「…現今盛んに使用さるゝ様になつたのは…各戸の表札、…」

 

明治45年には、表札を玄関に掲げる事が警察に把握管理され台帳に載っていることが家長としての誇りともいえるようですね。

明治45年の大阪毎日新聞によれば大阪市内では、
警察の戸口調査が非常に厳重になった事で普及率100%のニュアンス。
・「神戸大学附属図書館/新聞記事文庫」
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentVi …
「救済および公益事業(1-017)/大阪毎日新聞/1912.6.24-1912.7.1(明治45)」
昨今の貧民窟 (一~七)/(二) 残飯の香籠る路次
今宮(※大阪市内)の踏切即ち俗に云う下道の踏切を越すと…
…昨今ではソンな事は決して無く、警察の戸口調査が非常に厳重になって何んな間口半間の
畳一枚しか無い荒家でも人が住む家であるからにはソノ家の主人の名を書いてある表札を
軒口に貼附ける事となって居てソレが又た近来彼等の誇りとなり己れは立派に警察の帳面に
載って居る人間だ、とコレ見よがしに表札をはり附ける様になったのである、…

慶応大学所蔵の、「東京警吏要覧 明治11年」の P10、戸口取調手続 第二条
該署に於いては
ー第一号図式に準じて管内各戸に表札を添付し其調査に便すへしー
とあります。(原文は旧字体で、カタカナ利用)
他の二箇所では、表札という文字を、火事の時の火元調査のため「火元の町名番地の表札を剥取最寄りの署へ報告し」とかるので
個人宅を同定する方法がなかったので、番地を警察が勝手に張っていたというように推測されます。

一般庶民が表札を掲げ始めたのは、大正12年9月の関東大震災以後といわれています。
庶民の表札は、明治中頃に郵便配達で配達先が分かるようにと少し増えた程度で、庶民の住まいは長屋が多く、長屋の入口に住民の一覧が木札で貼り出されていたようです。
庶民の表札が広まり始めたのは、戦争に徴兵された兵士の家に「皇軍兵士を送った家 田中○○」のような貼り紙を出すようになり、姓名を玄関に張り出す風習が広まりました。
その後、関東大震災での住宅の建て直しの際に住宅と表札はセットのようになり、今に至っています。
一般庶民以外の表札としては、江戸時代に商家には看板が掲げられ、武家屋敷には姓のみの表札が掲げられていました。
また、関東の表札は関西の表札に比べて少し小さいものでした。
現在では、材料の規格化によって関西型は関東型より幅広で、一般的に天然石表札では、関東型は約200×83ミリで、関西型は約180×90ミリとなっています。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/7849547.html

例えば『郷土史大辞典 下/歴史学会編/朝倉書店/2005』
…日露戦争に際して兵士を送った家でその旨を記した貼り紙を出したころから、
これにならい姓名を玄関に書き出す風習が広まったという。その後、1923年(大正12)の関東大震災により人口の移動や住宅の建て直しが盛んになり、
表札は本格的に普及していく。大規模災害だったのは確かだとしても、
関東大震災は地域限定であることと、以前から表札掲示の素地(=普及)が無いことには
新築&表札セットにも結び付かないと思います御達」が何処の省庁・官職を指すのか
確認未了ではありますが、明治22年当時、名刺貼付・規定外表札・門戸不掲示(戸口掲示)に
対する注意喚起は有るものの、表札自体の不掲示には言及されていないところをみれば、
少なくとも福岡県では相当程度に表札が普及していたと考えられます。

…との記述がネット検索で見つかった。
関東大震災が標札普及の第二段ロケットとして推進役となったみたいです。

以上から、「表札の普及は明治になってからという事が明らかになりました。


表札の歴史を調べたら、明治以前、江戸時代の一般庶民では、表札は使わなかった。

明治以前

ー長屋の八つぁん熊さんは、表札を掛けていたか?ー
江戸時代、名字帯刀を許されていたのは武士だけ。
という事は、長屋の八つぁん熊さんは名字がなかったということになりましょうか。

調べてみると、江戸の大名の藩邸(上屋敷など)には表札はなかったようです。

地元の人や江戸の町人は
「門構え」「家来集の提灯の家紋」「武家帖禄」「江戸町地図」「正保絵図」などで
表札は無くても、その屋敷が「どこの誰の屋敷か」を知っていたとあります。

武家屋敷には姓のみの表札があったらしい。
大阪の蔵屋敷には看板代わりに大きなサイズのものがあったみたいです。

各藩の産品や特産物の保管庫でもあるため、やはり看板は必要だったという事でしょうか。

下記のようなきっかけで、表札の必要性が生じてきたとの意見も、見受けられる。

江戸時代の武家屋敷には表札はなかったのですか

少なくとも
「織豊期」「江戸前期」「元禄期」「明治維新直前」には武家屋敷の表札は一般的になく
地元の人や江戸の町人は「門構え」「家来集の提灯の家紋」「武家帖禄」「江戸町地図」「正保絵図」などで
表札は無くても、その屋敷が「どこの誰の屋敷か」を知っていたそうです。

江戸の大名の屋敷は「赤門」「総構え」なら前田家
「黒門」「総羽付」なら伊達家というような特徴がありましたので
表札の概念は存在せず、
江戸期には「神社」「寺院」が「札」を出す程度でした。
明治維新直前を上記に出したのは
100年前の江戸の写真で
数十枚の武家屋敷の門や客来の入り口に表札が全く写っていない写真が
証拠として現存しているらしいです。

武家屋敷には姓のみの表札が掲げられていました。一方、全国の大名は大阪に蔵屋敷を持ち、地元の産品をここで換金していました。この蔵屋敷が堂島から北浜にかけて集中し、権勢を競うように屋敷の規模を拡大しました。
表札も大振りなものだったと言われています。関西ではこの諸大名の蔵屋敷の大きい表札にならったといわれます。


2.表札の材質 表札の様式は多種多様化が進んでいる

当初、表札の材質は木が主流だった。
その後、昭和の高度成長期になると、家の造りも以前と比較して贅沢になり、表札にもお金をかけるようになる。
御影石や大理石などの石製や日本赤十字社の寄付金額に応じての記念返礼品としての磁器製表札などが流行し、さまざまな材質の表札が登場し、デザインも凝ったものが登場しはじめた。
和洋折衷・洋風建築の家屋など、住宅の様式が多様化するにつれ、表札のデザインもバラエティに富んでくる。
ローマ字表記のものが登場するほか、イラストを取り入れたものなど、個性あふれるものも珍しくはなくなった。
また、古くから血族関係のある家がまとまって暮らしてきたような地域では、同じ苗字の家が立ち並ぶこともあり、このような土地では2世代3世代同居家族などのフルネームを列記したものがある。
苗字だけでは訪ねたい人の家がわからないからだ。
近年では、家族の名前を並べた表札に加えてペットの名前も表示させるなど、家族という意味の意識の変化が表札にも表れている。
また、風水の観点からのデザインの表札もよくみられる。
材質も、強度が担保されるようになったガラス製やタイル製、アルミやステンレスなどの金属製など、続々と新しい素材が採用されている。

お気軽にお問い合わせ下さい。メール kawabi@touban-art.com FAX 076-274-1023 TEL 076-274-1018  受付時間 10:00 - 18:00 (土・日・祝日除く)

表札どっとネットの制作工房の川田美術陶板では、粘土から凸文字成形し、ハンドペイント手塗り着色をしています。

手作り陶器表札専門店
当店表札は職人が熟練の技で
すべて手描き着色しています。

【商品名・品番等 検索】

お客様の声

九谷焼陶板表札

九谷焼の五彩絵の具(赤、緑、青、紫、黄色)をデザインに合わせて使用氏焼き上げました。

【Web限定お買い得表札】

■タイル表札■Webショップ限定でお届けする彫り文字タイル表札です。川田美術陶板が磁器質タイルから厳選し、そこに文字や模様を彫り込んだものです。シンプルで飽きのこない、洗練されたデザインのお手頃価格な表札が勢ぞろいです。既成タイルの中から、セレクトしたタイルに、文字を掘り込み高温焼き付け着色するタイプもございます。

【陶板表札】

■純和風■この陶板表札は、日本の伝統的な陶芸技法、デザイン・書体(行書・楷書・隷書・篆書)を基本に焼き上げるものです。 
純和風プレミアム表札は、温かみのある印象深い、泉椿魚(いずみちんぎょ)さんの書体を浮出し文字の陶板にやきあげたものです。
■切り文字表札■ この表札は、陶板に文字をくり抜いて,焼き上げます。 土の特性を知っているからこそ出来る表札です。 土の温かみ溢れる文字は、住まう人の優しさと温もりが伝わります。
■ファミリー■ うちの子である家族の一員のペット。犬や猫やさまざまな動物達を表札にデザインしました。猫や犬、風見鶏にイルカにテディベア、かえる、カタツムリ、トカゲまでもが楽しく生き生きと描かれています。川田美術陶板のワンポイントコレクションからのデザイン入れ替えもできるので楽しいです。
■エスニック■ シーサー表札・アラビア文様・プリミティブアフリカン・アジアンテイスト・ネーティブアメリカン・インカアステカなどの古代文明などなど世界中のワクワク感あふれるデザインをモチーフにした表札です。
■ヨーロピアン■ ヨーロッパの伝統的紋章やキリスト教を背景にした建造物や工芸品、アールデコ、アートアンドクラフツなどのデザインをモチーフに陶器の表札をデザインしてみました。現代の住宅に自然に溶け込みます。
■ガーデニング■ 太陽の光とみずみずしい潤いに恵まれた自然の生き物や、庭の花々や鳥や虫たちなどの小動物たちに大いに感謝。生命の息吹を陶器に込めて焼き上げた表札です。
■マンション■ プチ(フランス語のpetit小さな)かわいいマンション用サイズの表札です。 サイズ変更や色変更ができるので、さまざまな取付条件に対応します。
■看板表札■ 表札だけでなくサイン、看板として、お店や会社、教室、事業所、自宅店舗、公共のゾーンに陶器で個性と温もりをお届けいたします。
■蓄光表札■ 光エネルギーを蓄えて電気を用いずに暗いところでほのかに発行する蓄光顔料を陶器に焼き付けて表札にしました。電気不要の光るエコ表札です。
■写真表札■ ペットや家族の写真、自慢の自動車やバイクの写真、釣った魚やお好きな花の写真、自作の絵や書をそのまま写真にして陶器に高温焼付けして、フォトセラミック表札をお届けします。
【彫り文字】 さまざまな大きさや形に土から形作りし、焼き上、そのあと文字・模様を彫りこみ、凹み部分に着色します。再び高温焼付けする彫り文字、彫り模様の陶器表札ですから色落ちの心配はありません。
【九谷焼家紋表札】 日本独自の文化である、世界に誇れる意匠美の家紋を表札に現採り入れ陶器の表札にいたしました。現代感覚溢れるデザインにすることで、みずみずしい仕上がりになった九谷焼家紋表札です。

【素材で選ぶ】

【短納期タイプ】 陶器の表札を早く欲しい方に厳選したタイル素材にサンドブラスト彫りこみを施してお届けする表札です。9日でお届けいたします。
【金沢エコガラス表札】この表札は、ガラス工房のクラフトマンが再利用可能なエコ資源としてのガラスに感性を注ぎ込み、気泡の入ったガラスを新たな美と輝きを放つ表札としてお届けするものです。
【ガラスと陶器】 川田美術陶板で長年培ったテーブルウエアーとしての洋陶器の製造技術と陶板の製造ノウハウと、九谷焼の上絵発色技術と、エクステリア業者さんのアドバイスを基に、透明感ある素材ガラスとのコラボレーション表札を作りました。玄関をより落ち着きのある華やかさで表現いたします。
【木製表札】 戯遊詩画人いづみ椿魚さんの書をもとに欅素材で制作。WEB限定でお届けいたします。厳選のけやき材を用い側面には椿魚さんの落款印と銘が印されます。新築祝い結婚祝いにも喜ばれます。
【アイアンと陶器】この表札は、陶器の温かさと鉄の強さとしなやかさを特徴としたものです。鉄を切り・曲げ・叩くアイアンワークにより出来上がるロートアイアンの装飾枠の陶板表札です。またアイアンをシャープに自在に切断して表現する切り文字表札にセラミックと焼き物の風合いを施してみました。
【表札・全種類一覧】 表札専門店 “表札どっとネット” の陶板表札を中心にタイル、木、アイアン、ガラスで制作する全商品を紹介いたします。 サイズ色形状の変更も可能なタイプ、数多く取り揃えています。
【特注表札】 お客様のアイデアを、陶器の表札にして見ませんか。 きっと楽しいどこにもない表札が出来上がると思います。
【取付特注】特殊な取付けのご要望にお答えした制作例のご紹介です。

【デザインで探す】

【開運・風水】玄関の顔だからこそ、縁起のよい表札が欲しいものです。開運・風水表札として焼き上げました。注目度・人気度ともにナンバーワン!
【南欧風】南仏・イタリア・スペイン・マジョリカ焼き・テラコッタ・地中海・ギリシャなど南ヨーロッパ風のお住まいにぴったりな南欧風表札です。冬季の表札だからこそ、レンガや白壁にも似合います。
【英国調】イギリスのロンドン辺りのパブの看板、個人住宅に使われるドアプレート、シンメトリーなブリティッシュガーデニング、そんなシーンに登場しているような粋で格調ある英国調の表札です。
【和風】 日本の伝統的な陶芸に用いられてきた、土と釉薬の表現から、新しい陶芸技法までを凸文字・凸模様を基本にして陶器表札にしました。 和風だからこそ、洋風の住宅にマッチする。お住まいになる人の感性で、どうぞ吟味して下さい。
【アメリカン】アメリカンスタイルの陶板表札です。西部劇のバーの看板、ルート66をハーレーダビッドソンでひた走る荒野に突然現われるモーテルの看板。憧れだったポップカルチャー。カントリー・ブルース・サザンロック。ウエストコースト、そんなイメージの陶器の表札です。
【ステンドグラス風九谷五彩】 加賀の国で興った九谷焼に、ヨーロッパ伝統の光の芸術スタンドグラスをイメージして新しい息吹を吹き込みました。洋風・和風を問わずお住まいに格調と華やかさを演出します。
【ペット・生き物】 可愛い家族の一員のペットのデザインは陶器の表札にとても似合います。 まるで動物たちが色鮮やかに飛び回ていりように色もカラフルにセレクトできて、住まいを明るく楽しい印象にしてくれます。
【花・植物】 見ているだけで幸せな気分になれる花・植物シリーズです。 可憐でカラフルなデザインから、薔薇などを使ったクールなデザインまで種類はさまざまです。 花や植物がポイントの表札で、他とは違う個性的な表札でお住まいを華やかにしてみてはいかがですか。
【楽器・趣味】 楽器からフィッシング・スポーツ・モーターサイクル・自動車他様々な趣味は人生を豊かにしてくれます。そんな楽しいモチーフを表札や陶板にいたします。
【ワンポイント表札】 お気に入りのワンポイントデザインのマークで表札の表情がガラッと変わり一層お住まいを引き立ててくれます。 入れ替え自由なワンポイントマークの中から、お好みの一枚をお誂えください。
【二世帯用表札】 当店オリジナル陶器表札は今話題の二世帯用デザインにオーダー出来ます。

【価格で選ぶ】

【9,999円以下】9,999円までのお求め安い価格の陶器・タイルの表札です。
【10,000~14,999円】 お求め安い価格で、個性を発揮できる表札が多数ございます。
【15,000~19,999円】 この価格帯は、バラエティに飛んだ種類のラインナップを、多数取り揃えた陶器の表札です。
【20,000~29,999円】椿魚書体による印象深い高級感と手作り感溢れる表札の数々をご紹介します。
【30,000円以上】ロートアイアン、ガラス、陶板と様々な素材をコラボレートした表札や、陶板素材をより究極まで追求した高級感溢れる表札の数々です。

営業日カレンダー

《営業ご案内》
平日:午前9時~午後6時
定休日:土・日・祝祭日
TEL:076-274-1018
FAX:076-274-1023
MAIL:kawabi@touban-art.com
ご注文のご返事は2営業日以内にいたします。

【各種説明】

【ご注文の流れ】川田美術陶板の表札他看板・サイン等のご注文の流れの説明表記です。
【サイズ変更対応】陶器表札はすべて手作り一貫生産、どんなサイズ変更にも対応します。
【表札取付方法】陶器表札取り付け方法は取付け場所に応じて選べます。 機能門柱や当店オリジナル取り外し可能な表札取付けもOK。
【機能門柱に対応】マンションの専用プレートや機能門柱などの専用表札プレートやエクステリア用表札枠への貼付、または凹部分への貼付など、サイズ変更や特殊な形状も制作可能です。
【使用色 カワセラカラー】川田美術陶板独自の表札に使用する豊富なカラーチャート集です。
【使用書体】 川田美術陶板の表札は豊富な書体から選べます。なんといっても椿魚書体は当工房だけに許された書体です。
【椿魚(ちんぎょ)書体】 川田美術陶板の創業から大変お世話になっています戯遊詩画人いずみ椿魚さんについて。椿魚書体の椿魚さんについて。
【ワンポイントイラスト集】オリジナル陶器表札のワンポイントマークは追加交換可能。交換は無料、追加は1マークに付き単色1,080円。多色なら2色目よりプラス500円税別~。

【店舗情報】

特定商取引法表示
個人情報の取扱い

【カタログ・申込書】     ■ ダウンロード ■

【カタログ・申込書】     ■ ダウンロード ■
石川ブランド認定商品です。

九谷焼彩色立体陶板「耀 (かがやき) 」は石川ブランド認定商品です。

お店ばたけバナー

有限会社川田美術陶板は、石川県産業創出支援機構のお店ばたけに出店しています。

当店の商品はYahooショッピングストア【表札ショップ陶板アート店】でご購入頂きます。

当店の商品はYahooショッピングストア【表札ショップ陶板アート店】でご購入頂きます。

悪質な偽サイトにご注意ください caution

ここに掲載の記事・写真・イラスト等のすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。